幸いのかたちを、君がために描く
しあわせの箱、しあわせの詩
01. 君が笑うから
02. 今はただどうしようもなく
03. どうかお幸せに
04. それは安らぎにも似た
05. しあわせのあとさき
雰囲気的な5つの詞(ことば):幸
配布元:loca
Background // 幻想素材館Dream Fantasy
01. 君が笑うから
からんころんと、店先で唄う小さなオルゴール。
奏でているのは何の唄だろうと、手にとって顔を近づける。
からんころんと、唄声は子供のように無邪気な鈴の音。
まるで自分のようだと、聴覚を傾けたまま瞼を下ろす。
仄かな暗闇で、たどたどしく唄を奏でて。
「―――懐かしいな」
唄う声の隙間をぬって響いた声に、一瞬だけ心臓が大きく鳴る。
「知ってるの?」
声の主が誰かなんて百も承知だったから、目を閉じたまま笑う。
「随分昔に聴いた唄だ。……そのせいなのかどうか知らないが、一瞬お前が幼く見えた」
留まるところを知らない好奇心。
それは自分の性分で、もはや直す気も無いのだ。
「子供っぽいでしょ」
瞳を開いて相手に向けて、苦笑気味で言った言葉に砂の一粒にも似た諦めも交じってしまう。
けれどそんなことはないと否定する言葉も無ければ、そうだなと肯定する言葉も返らなかった。
「お前の笑っているところを見るのは嫌いじゃない」
その代わり、ただ、と持ち上げられた大きな手が頭を軽くくしゃりと撫でる。
「お前が子供でなくなった時、それが消えてしまうような気がしている」
言いながら頭を撫でる掌の仕草に欠片程度の惑いを感じ、何故だろうと瞬きして首を傾げる。
「……変なことを言ったな。忘れてくれ」
触れた時と同じように離れた温度が、ほんの少しだけ名残惜しかった。
まだまだこどもな自分。それでいいのだと、あなたはわらう。その言葉を、何よりもうれしいと思う。
―――戸惑いは、矛盾の現れですよね。
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02. 今はただどうしようもなく
戯れに人差し指の先でむき出しの首筋を軽く掻いてやると、くすぐったそうに身をよじって笑う。
小動物のような反応に、思わず笑みを浮かべた自分を自覚した途端唇が歪む。
見えない涙の跡をなぞる自分に、果てのない虚無感を抱いた。
気づいたのかどうか、彼女が俺の頭をゆっくりと抱き締めて、怖くないよと頭上から囁きが降る。
「ここに、いるよ」
規則正しく届く鼓動が、何よりも如実に表すもの。
奇跡でも必然でもなく、現在という現実。渇き切った心に、一滴の潤いをくれた人。
震える唇で言葉を紡ぐ代わりに、両腕を伸ばす。
顔の見えない彼女はいつも以上に優しく笑っているのだと思った。
一挙一動、其処に佇む存在が、今はただ、どうしようもなく愛しかった。
最も難産を極めたお題。お題の文面を丸ごと入れたことに、ほんの少し消化不良。
……そんなことはどうでもいいか。
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03. どうかお幸せに
厳かに路地に響いた鐘の音に、ふと足が止まる。
紙袋を抱えて振り向いた先には、注意を向けなければ気づかないほど密やかに十字架を掲げた建物があった。
降りゆく雪の隙間から見つめる色褪せた壁の向こうに荘厳な光が見えた気がして、静かに空気へ滲むそれは賛歌にも似ていた。
「どうした、パスカル」
呼ぶ声は足音と共に近づき、斜め後ろで同様に足を止める。
「……ああ、誓歌だな」
「せいか?」
振り返ることなく訊ね返した。
「"誓いの歌"と書いて誓歌だ。婚姻の儀の際に鳴らす鐘の音を、ここではそう呼ぶ」
聖なる日の誓いの歌は、初めて耳にする聖(ひじり)の儀で。
「綺麗だね」
返る雪の日の沈黙は、ここでは静寂には足り得ない。
「幸せだと、いいね」
「ああ……そうだな」
紙袋を再度抱き締めて、自然に差し出された手に触れる。
柔らかな歌声にささやかに幸福を願いながら、再び帰り路を歩き出す。
「聖歌」からもじって。鐘の音はどこまでも尊いものだと思います。
作中かエンディング後かはお好みで。
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04. それは安らぎにも似た
白いシーツに紛れそうな白い手首を優しく捉え、負荷がかからぬ程度に引いて導く。
一回りも小さく華奢な身体を片膝の上に収めてこちらへ寄りかからせ、布のない首筋に額を置いた。
一瞬驚いたように動きを止め、次にくすくすと堪えられた笑いが降ってくる。
握ったままの腕が合わせて揺れた。
「……悪いか」
「まだ何も言ってないのに」
とうとう隠されなくなった穏やかな笑い声へ、瞳を窄め安堵に浸る。
一時の休息。
陽だまりの温もりが消え去らぬよう。
そして、祈るように瞼を伏せた。
みみにとどく、やさしいうたに、まどろんで。
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05. しあわせのあとさき
(エンディング後)
「今、しあわせ?」
「俺に訊くのか?」
「だって、訊かなきゃ意味がないもん」
「そうだな―――」
「少なくとも、不幸せではないだろうな」
「あー、また曖昧なこと言って逃げる」
「雲隠れでないだけいいだろう」
「むー」
「そういう自分はどうなんだ」
「あたし? もっちろん"しあわせ"だよ!」
「随分自身があるんだな。なら、そう言い切れる理由は何だ?」
「―――言って欲しい?」
「…………、」
「本当に言っちゃうよ? いーの?」
「……いや。遠慮しておく。覚悟が出来た時に、訊かせてもらおう」
「じゃあ、その時は一緒に言おっか」
「……ああ。必ず」
「ふふっ、約束だよ」
大きな約束。
小さな誓いがその手を取る日は、そう遠くない未来のこと。
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しあわせのかたちを箱いっぱいに詰め込んで、今の君に贈ります。
君の現在(いま)も過去も未来も全部ひっくるめて抱き締めて、この幸いを贈ります。
[ 10.01.30 ]