空は人の心を映す鏡だという。
 悲しみに暮れる時は雨が降り、静寂を求める時は雪が舞い、喜びに酔いしれるときは陽が照る。
 そして空が曇る時、それは。




  太陽を背負った日




 曇り空に手を伸ばす。枯れた風が強張った指の隙間をさらう。風が冷たい。この風はどこまで行けるのか。とりとめのない思考を巡らせただ手を伸ばす。薄汚れた埃が視界の隅を横切る。きっとこの目は何も映していないだろう。ぼんやりと、空虚を捉えて、浪々と。
「太陽が恋しいのかしら」
 求めるように伸ばした手に触れる指先。温かさに一瞬手とそれ以外の何かが震えて、すぐに治まる。
「そういうわけじゃ、ないけど」
「なら、やめた方がいいわ」
 帰れなくなってしまう。少女の声はそう耳元で囁いて、後方から両手を伸ばして風に触れた手を下ろしていく。羽織越しでもわかるふくよかで滑らかな指先が腕を伝うようにして、手のひらまで辿り着く。囲われるように空虚の世界に立つ二つの影。見えない太陽。
「空が曇る時、人はどうしようもない孤独を知るらしいわ」
 知る"らしい"というのは、彼女がそれを曇り空に感じたことがないからだろうか。指先が緩やかに互いを握りしめる。果たしてどちらが先だったか。定かではないし、考えるつもりもない。
 孤独。孤立。独り。さっきまで自分は独りだったのだろうか。彼女の声を憶えるまでは。
 太陽を遮る雲の下で。たった、一人。
 ねぇ、名もなく自分を呼ぶ声が聴こえる。
「私は、孤独を知らないの」
 ずっと一人で生きてきたけれど、ずっと独りだとは思わなかった。語る声は、どこまでも優しい。
「孤独は、怖い?」
 問われて思考は柔らかく動き出す。そのうちどうしようもなく言葉にできない思いが込み上げてきて、思わずそっと瞼を閉じる。
 背中に寄り添う温もりが太陽のように、温かくて。ひどく泣きたくなったこと。孤独から解放されたから、そして孤独を思い出したからと、今だけはそう、嘘をつかせてほしい。


 もうすぐ太陽が覗くだろう。
 雫を一滴、朽ちた大地に滲ませて。
 割れる雲の隙間から、温かく優しい光が世界を照らす。