常のように纏っていた鎧を下ろすと、やけに身体が軽くなるように思えた。纏えば外すのが流れだというのに、いつからそれ自身を忘れていたのだろう。有ることを、無いことに。日常を、忘却に。一連の時間は初めから存在しなかったことにされ、過ぎゆくものは世界から少しずつ姿を薄れさせていく。改めて背にかけた東方の衣は、今までの現実が嘘だったかのように軽かった。
 ―――嘘じゃない。嘘ではない。これこそが現実。
 再びの認識と共に目を逸らしたい心地を見出す。僅かに目を細め、最後に袖に腕を通す。
 何も、思わない。考えない。言い聞かせるように心に囁きかけて―――心などもうなかったのだということに気づく。
(……まだ)
 捨て切れていない。


 生まれ変わり、という言葉は、あの頃は妙に神秘的な響きを持っていた。
 身体は死んで、魂だけが次の時代へ転生する。もしかすればそれは、本当に実在するものなのかもしれない。
 しかし再び生を受けた今では、ひどく理不尽で勝手な言葉だったことを知る。自ら望んだのならそれもまだ赦されよう。
 闇に呑まれて無理矢理引きずり出されて、眩し過ぎる光から目を背ける。それが魂でなく『身体の方が残った』結果だった。


 死んでしまう前。目蓋を下ろして、世界に本当の闇が訪れる前の魂は、あの時既に砕けてしまっていた。
 目蓋を開いた時は何もかもを否定したくなったが、今はその結末を評価する。だからこそ今こうして、生を仮初にできるのだ。
 もしこの生を真実と認めてしまえば、もう一度生きたいと望んでしまえば、きっともう終われない。全てを投げ打ってでも―――自分にはもう何も残されていないことを知っていても―――光に手を伸ばしてしまう。
 望まないままに、自分は此処に居るのに。共に逝く筈だった戦友に、部下に、砕けてしまった魂に、どんな償いをすればいい。
 自ら闇へ。自らの手で死ぬことができなくなった今、自分の足で深淵へ向かうことしか、贖罪の術を知らない。
 真実ではない、仮初の。代償を支払うには、これしか。


(……行こう)
 振り切るように足に力を込めて立ち上がる。ふっつりとどこかで、細い薄い見えない糸が一本、途中で途切れた音を聴いた。幻聴を抱くように一つ静かに瞬きをしたら、映る世界から色彩が爛れていった。
 白と黒とに浸食されていく、視界。それでも光と影の区別はつくのだと、嘆息を一つ零す。いっそのこと何も見えなくなってしまえたら、どんなに。
 この手で両目を潰してしまおうか。光を失ってしまえるように。ああでも、そんな命令は受けていない。自分は道具で、道化で、人形で。心なんてとうに捨ててしまったから、自分の意思だけでは動けない。
 それでも結局つまるところ、向かう場所に光などないのだから、それはそれで構わない。白と黒の世界を黒一色に染めてしまえるのなら、眩し過ぎる光に満ちた世界に別れを告げられるのなら、それで。
 緩やかに、湧いていた思考が消えていき、最後には全てが他人事に思えて。
 こつり、一歩闇へと踏み出す。




 てさよな




 暗い贖罪の道の向こうに光が差し込み始めていたこと、
 知るのはもう少し先の話。