アーマンの宿の裏庭には、一年に一度赤い花が咲き誇る。
もともと群生していた花畑の手前に後からつくられた小さな広場は、本来宿の宿泊客がその花を眺める為に整えられているのだが―――今日は、少々異なる使われ方をされていた。
突剣と短剣が奏でる剣戟の音が周囲に飛び散り、空気を震わせ、風を生む。
後頭部で結われた青碧の髪は剣を突き出す動作に合わせて素早く揺れ、対する鮮やかな青の布は重さを感じさせないほど軽やかに動く。
パイレーツの青年とシノビの青年とが異なる剣を交える姿を、宿の影になる場所に置かれた木箱の上にちょこんと腰かけた、空色の瞳が見つめている。
少し色素の薄い金色の髪を持ったプリンセスの少女は、手持無沙汰な様子もなく、何処となく楽しそうな青年二人の姿を瞳に映しながら、同じように楽しげに微笑んでいた。
「―――あー、疲れた!」
大きく息を吐き、予兆もなく地面に両手両足を投げ出したゼノを、立ち続けるシュトは呆れた視線で眺める。
「この程度でへばるのか? ……もう少し、体力をつけた方がいいんじゃないのか」
冷静には見えるものの、溜まった疲労はお互い同等のようにラジィには見えた。
木箱を降り、訓練を止めた二人の方へ駆け足で近づく。手が届く距離まで来た頃には、ゼノは上体を起こし、シュトは腕を組んでいた。
「ゼノ、シュト、お疲れ様です。……大丈夫ですか? ゼノ」
立ち上がれない様子を案ずる表情を浮かべたラジィへ、ゼノはいつものように朗らかに笑って見せた。
「あはは。手加減もなんもしてくれないからさ。ちょっと、疲れた」
ゼノは「はぁ」と高い息を吐き出した。
「元の体力が違うのに、手加減なんてするわけないだろう。そろそろ力の使い方ぐらい覚えたらどうだ」
「使い方、ですか?」
「最初から最後まで全力で戦うことは出来ない。体力の分配―――戦いに身を置く者なら、それくらい心得ている」
「そっかぁ……まだまだってことか。先は長いな」
「勉強になりましたね、ゼノ」
漸く立ち上がれるまでに回復したゼノに続いて、ひどく感心した様子でラジィが言葉を発する。
「ああ。俺ももっと修行しないとな!」
「はい! 私も皆に負けないよう、頑張ります!」
「……努力の決意は正直に褒めるが」
やる気の湧いてきた二人の会話にシュトが口を挟む。
「まさか、忘れたわけじゃないだろうな?」
「「あ」」
異口同音の一文字に、シュトは溜息をついた。
「そうだった、忘れてた」
「訓練に使わせてもらう代わりに、お庭のお掃除をするんでしたね」
ゼノがからりと笑い、ラジィが申し訳ないように笑う。
「よし、いっちょやるか!」
「はい!」
「……」
武器を置き、袖を捲り、竹ボウキとちりとりを持って声を上げる三人(一人除く)。
こんな彼らが海都を噂で賑わす新星ギルドだというのだから、不思議なものである。
在りし日に、影三つ
足元には、三人分の影が色濃く伸びていた。
イグノランスの三人組。
この三人が、総ての始まりでもある、筈。
これから先に待つ困難の名前を知らなくても、彼らは確かに、幸せだった。
[ 10.05.22 ]