「待つのはもう慣れたから」
予定日を三日過ぎて漸く隣国から届いたW石の詰まった箱を互いに抱えて歩む道すがら、不意にパスカルが呟いた言葉にマリクは視線だけを向ける。
世界への好奇を湛える琥珀の瞳は微笑みを浮かべながら前を見つめていたため、視線を戻して彼女の抱える物より二回りは大きいそれを抱え直す。
詰め込まれているものがものなだけに重量はかなりあったが、伊達に苦になるような鍛え方はしていない。
そして無言を続けることで話を促す。卑怯さは、心得ているつもりだった。
「そりゃ待ってるのは苦手だけど、辛くはないよ……しょっと」
パスカルも先程の自分と同様に箱を抱え直す。大きさは自分のものより小さいとしても、彼女の持つ箱も重さは相当な筈だ。まとめて持つと言ったのだが、決して首を縦に振ろうとはしなかった。
そろそろ自分の歩みの終着点も彼女の向かう場所も見えてくるが、話の先は未だに見えない。
「待つのが辛いのは、分からないからなの。どこで何をどうしてるとか、どんなことをして、どんなことを考えてるとか。……その点あたしは恵まれてる。どこにいても何をしてても、手に取るように分かるから」
「……何を考えているかも、か?」
「そう」
すごいでしょ、と同意を求めることもなく、やわらかな笑みを湛え続ける。ある種の決意さえ滲んでいた。
少女から女性へ変わるとはこういうことを言うのだろうか。ひどく実感したような心地で、マリクは静かにそう思う。
精神的な強さ―――自分でさえ時を過ぎて漸く掴みかけているもの―――再び見つめた瞳の奥に以前は見られなかった輝きを見出して、心の奥で微かに笑う。
強いるわけでなく、求めるわけでなく。
―――ただそこに在り続けるという、それは『覚悟』に似ている。
「待つのは、慣れてるんだよ」
言葉はそれは言い聞かせるように。
分かれ道で立ち止まり、向き直って唇に湛える強い笑みは、確かな強さそのもので。
―――白旗を上げることをよしとしないのが単なる意地であることは、自身で分かっている。
心の笑みを表情に宿せば応えるように笑みが深まる。
そして互いに、会話すら忘れたように正反対の道を歩き出す。
いつか、往く道は交わるだろう。
ふたつの道を繋ぐ、世界にとってはありふれた言葉が胸に去来する。
それでも、ありふれた想いではないことを、知っている。
いずれ必ず迎え入れるその時に、マリクはそっと、瞳を伏せたのだった。
たったひとつのこたえ
[ 10.07.04 ]