資料室とは名ばかりの書庫には、所構わずといった様子で埃が揺らめいていた。隙間なく本が並んでそれでもなお溢れた書物は床の上に重ねられ、ただでさえ狭い通路をさらに狭めてしまっている。
大人の背丈もゆうに越えた本棚達がひしめく書庫の奥に、フェンデルの街並みを望む書庫内で唯一の窓があった。書物に過度の光は厳禁である故普段なら閉め切られている筈の暗幕は限界まで開け放たれている。
そしてその真下にたった一つだけある、子供の背丈ほどの高さの本棚。そこに目的の人物はもたれかかっていた。
「こんなところにいたのか……」
通りで見つからないわけだ、と真昼の静寂に一人ごちり、散らばった本の隙間を選んでゆっくりと足を進める。近づきながら把握できる様子を見て取るに、パスカルはどうやら眠っているようだった。周囲や膝の上に開いた本が散乱している状況からすると、おそらくは探し物の最中襲ってきた眠気に身を任せたのだろうと推測する。
漸く手が届く距離まで近づくと、普段の彼女からは想像もつかないような静かな寝息が聞こえてきた。細い肩は長い周期で規則正しく上下に揺れ、薄い唇はそれに合わせて呼吸する。
見入る様に立ち竦む自分に違和感を感じざるを得なかったが、それでも目を離せない自分がいることが何よりも確かだった。
差し込む光は澄み渡り、白と赤に二分された髪を晶々と照らす。世界は何処までも無音。真昼の、沈黙。
「…………」
上体を屈ませ、片膝をつく。閉じられた瞼は、開く気配を見せない。
ふつりと、湧き上がったものは、熱ではなかった。
それは、熱とは言い難い。言うなれば、仄かに揺れる灯に、近しいもの。
棚に片手を置き、静かに口付けたその一瞬、遠くの雑音がさらに遠くへ退いた。
触れた時と同様に離れ、至近距離で彼女の顔を覗き込む。
開く気配のなかった瞼がふるりと動き、間を置いて澄み切った琥珀が細く覗く。
焦点は時間をかけはっきりとしてくるが、表情は未だぼんやりとうつろう。
不意に、その唇が弧を描いて、小さく何かを囁いた。
その何かを捉えることは出来なかったが、優しい微笑みに遠い過去の何かを赦された気がした。
自然と浮かんだ笑みに、彼女の笑みが静かに深まる。
そして互いに瞳を閉じて、再び唇を重ねた。
沈黙と無音は別物である。それ故に真昼の沈黙は、あたたかな静寂と同義である。
フェンデルに晴れがあるのかなんてそんなこと知りません。未プレイですもの。
(2010.1/6追記)
描写は皆無ですがフェンデル城にて。―――果たして資料室はあるのだろうか。
[ 09.12.29 ]