ほろ酔い状態で話をせがまれ口を開きかけたものの、時間帯がとうに深夜を過ぎていたことに気づいた。
 隣のパスカルはカウンターに乗せた腕の上に頭を預け、目も虚ろだ。瞼も不安定に揺れている。
「……寝物語に聴かせるような話じゃない。そうだな、酔ってない時にでも、聞かせてやる」
「そっか」
 言った後、パスカルは深く瞼を下ろす。眠りに入れば、何をどうしても目覚めないのだろう。
 最近自分の眠りがやけに浅いことを思い出し、溜息をつく。
 しばらく眺めて細い身体を抱き上げ、二階の彼女の部屋まで運ぶ。ベッドに横たわらせ毛布をかけてやり不意に窓の方に目をやると、硝子を透かして月明かりが滲みこんでいた。
「―――教官」
 振り返ると、蒼い光の中、澄んだ琥珀の色がゆらゆらと揺れている。はっきりと意識があるわけではないようだ。
「教官の髪、綺麗だね。月の光が当たって、綺麗」
 琥珀色の眼差しが見ているものが幻想なのか、現実なのか、自分からすれば定かではない。
 ただ、前者であればいいと、そう願う自分がいる。
「朝になれば、全部忘れる。いいから、寝ろ」
 自嘲の笑みを浮かべ、手を伸ばして視界を遮る。
「忘れ、ないよ」
「……忘れるさ」
 否定するのはいつだって自分の役割だった。
 その内深い寝息が手のひらに辿り着き、眠ったのを確認して視界を開放する。既に瞼は閉じられていたのだけれど。
 蒼い月光が照らす独特な髪色は美しく鮮やかだったが、それ以上にあの澄んだ琥珀が脳裏に焼き付いて離れなかった。
 部屋に戻り、寝台に潜り込んで目を閉じる。その日はいつもより深い眠りにつけた。





琥珀の揺りかご





不思議な話、をイメージして書いてみる。
『綺麗なもの』を考えるのは大好きです。
[ 10.03.17 ]


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